フェルナンド先生のおもいで

 あんまり学校に行かなかった僕は、悲しいかな師弟関係についての思い出というものがほとんどないのですが、たった一人だけ僕が大好きだった先生がいます。それが教養過程でスペイン語を教えていたS・フェルナンド先生。
 いったいどこが好きだったかというと、この先生、スペイン語はもちろん教えるのだけど、それ以上に情熱を傾けて教えていたのがスペイン語とはまったく関係ない難しい漢字などの類。それゆえ授業中のやりとりが時に珍妙さとおかしみに満ち満ちていたからです。
 S・フェルナンド先生の授業はたとえば以下のように展開するのでした。


○先生・・・セニョールYぐ〜ち。あな〜たは、「ゆううつ」を漢字で書くことができま〜すか?
○僕・・・はっ?ゆううつですか。わかりません。
○先生・・・(がっかりしたような表情で)いけませんねぇ・・・(間)。では「りんご」を漢字で書くことができま〜すか?
○僕・・・えっ?りっ、りんごですか。いやあそれもわかりません
○先生・・・(もうお前には失望したというような表情で)う〜ん・・・。いけませんねぇ・・・。
(すると先生、おもむろにチョークを持って黒板に「憂鬱」「林檎」と大書する)
○先生・・・これが「ゆううつ」と「りんご」で〜す。わっかりましたかセニョールYぐ〜ち。ちゃんと覚えてくださいよセニョールYぐ〜ち。
○僕・・・はっ、はあ・・・。(といいつつ先生の誇らしげで自慢げな様子に笑いをこらえる)
○先生・・・(じい〜っと僕の目を見ながら)セニョールYぐ〜ち。あなたは私をばかにしていますねぇ。
○僕・・・そっ、そんなことはありません。
○先生・・・(「けっ」という表情で)あなた、私をだまそうとしてもそうはいきませんよ・・・。


 とテキストベースで先生との会話を再現するのはほとんど不可能なのですが、最後の「私をだまそうとしてもそうはいきませんよ」というのが先生お約束のキラー・フレーズ。この決めゼリフが出るたびに僕はいつも爆笑をこらえるのに必死でした。
 だいたい、何でスペイン語の授業なのに難しい漢字を生徒に書かせる必要があるのか。何でスペイン人なのに(ハーフだったけど)そんなに難しい漢字を知っているのか。なぜ最後は「だまそうとしている」などといわれのない非難を受けなければならないのか。このあたりの不条理さが僕にはたまらない魅力でした。
 そのフェルナンド先生、なぜか僕に「優」の成績をつけてくれたんですよねえ。最後まで不思議な先生でした。