1983年の今頃のこと

 僕が琉大入学のために宮崎の小林という田舎町から沖縄へ発ったのが‘83年の3月末。夕暮れの那覇空港に到着後、同じ高校から進学した友人たち何人かと西原町までバスで行き、喫茶店で夕食を食べました。焼きそばを注文したところ、メンがうどんみたいに太いのが出てきたので、田舎モノの僕たちは「さすが都会の焼きそばは違うなあ」と驚き合ったものでした。
 それからほどなく、同じく高校時代の友人(以前ここに書いたすばる)と、生まれて初めてマクドナルドへ入ったときも、最初にカウンターで勘定を済ますという前払いシステムを全く知らなかったため、注文だけしてテーブルに座ろうとしたら、マックのお姉さんから笑われてしまったこともそういえばありました。
 入学後は入寮(ひどいオンボロ寮でびっくり)や登録などを慌ただしく済ませ、たしかRFCの学内コンサートに出かけたのがちょうど5月の今頃のことではなかったかと思います。すでにこの時、僕の中ではRFCへの入部の意志はほぼ固まっていたので、RFCの音楽や部員たちにのふるまいに興味深々だったのをよく覚えています。
 ところが、その部内コンサート、ひげ面&やぶれたジャージでギターを弾いている人はいるは(F原さんのこと)、腹でギターを弾くやたら態度のでかい奴はいるは(T軽のこと)、身内以外、客はぜんぜん見当たらないはで、僕は少々、というかかなり不安を感じないでもありませんでした。
 あれから24年・・・。あのとき思いとどまらずにRFCに入ってほんとよかったです(しみじみ)。