RFCにおける3大アレンジャー

 「曲づくり」というと作詞・作曲を担うソングライターだけが脚光を浴びがちだけど、もう一人「アレンジャー」という重要な存在を忘れてもらっては困ります。もちろん、いい曲は音楽そのものに力があるから、たとえギター一本で奏でられただけでもそれなりに聴き手を魅了することはできるでしょう。
 ところが、特にバンドなど複数のプレイヤーによって音楽を奏でる場合、素材(原曲)のうまみを活かすもころすもひとえにアレンジャーという音楽料理人の腕次第といえるでしょう。
 それが証拠に、例えば今をさかのぼること40年前の1965年のある朝、ポールがG・マーティンに「ヘイ、ジョージ、『イエスタデイ』(ほんとは最初「イエスタデイ」は「スクランブル・エッグ」ってタイトルだったらしいけど)ってスローな曲が出来たんだ。いつものように知恵を貸してくれないかい。いいだろジョージ、頼むよ」というような相談をマーティン氏にもちかけた際(もちかけたかどうか知らないけれど)、彼がオーソドックスなバンドミュージック(東京公演でやった「イエスタデイ」のような)による凡庸なアレンジを行ったとしたら、おそらく「イエスタデイ」はあれほどの「超」名曲にはならなかったでしょう。「イエスタデイ」にクラシカルな弦楽四重奏を用いるという素晴らしいアイデアを思いつき、しかもそのスコアまで書いてしまうマーティン氏、やはり五つ星級の「音楽料理人」といえるでしょう。
 さて、RFCにおける代表的アレンジャーとして後世に伝えられるべきは、私見によればF原さん、I村さん、S吉の3人ということになるでしょう。したがって僕は、ここに上記の3人をRFCにおける「三大アレンジ大家」と勝手に命名させていただきたいと思います(皆さま異存がございますでしょうか)。ほんとうに、この3人の手にかかると音楽はますます輝きを放ち、素材から作品へとたちまち変貌を遂げるのですから「さすが」と感心するほかありません。まったく、このような人こそが「センスある人たち」ということになるでしょう。「アレンジ」という能力は、耳の良さ、引き出しの多さ、アイデアの豊かさなど、おそらく努力だけではいかんともしがたい一種の才能なのではないかと思うのです。
 僕が今でも恥ずかしくってたまらないのは、2年生の時に所属した「やじろべえ」時代、コンサートのパンフにUちゃん先輩が僕のことを「やじろべえにおける名アレンジャー」というようなことを書いたため、仲間たちから「へえ、お前アレンジャーだったの。知らなかった」だとか「すごいなあ、お前名アレンジャーだったのかあ」などとさんざん揶揄され、ほんとに穴があったら入りたいような気持ちになったことです(一昨日、「やじろべえ」のアレンジ現場に言及した僕のコメントを参照)。その日以来、僕にとって「アレンジャー」という存在はまさにあこがれの存在、かっこよすぎる人たちなのでありました。