ママレモンを飲む

 入学から卒業まで住んでいた男子寮では、10人が「1ユニット」という単位で台所や洗面所などを共用していました。当然、共用の大型冷蔵庫には10人分の食料やら飲み物やらが貯蔵されることになるのだけど、各自がストックする食料品の量については明確にカネまわりとの相関関係が存在し、特に同級のI井などは、いつも大量の飲食物でこの共用冷蔵庫を満たしていました。
 僕はいつも貧乏でお腹をすかせていたし、しかも男子寮とは相互扶助の体現であるべしとの信念もあったので、たとえばパック入りオレンジジュースなどに、「I井」「飲むな!」とマジックで大書するなど笑止千万、「せこいマネをするんじゃないよ」と、説諭的意味も込めて、しょっちゅうくすねてはごくごくとおいしくいただいていたのでした。
 ある日、外から帰った僕は、喉の渇きを癒そうと、いつもどおり冷蔵庫を開け、「I井」「飲むな!」などと大書された1リットルのパック入りオレンジジュースをパックのままゴックン・・・。その瞬間、喉は焼け、食道は焼け、僕は断末魔の苦しみを味わいながら、床をのたうちまわることになったのです。そこへI井があらわれ、腹を抱えて爆笑しながら「やっぱりおめぇか」「今日はママレモンを仕掛けといたんだよ」「ざまーみろ」。罵詈雑言の数々にも、かなしいかな、焼けただれた僕の喉には、反論することさえ能わなかったのです。
 というわけで、皆さま、くれぐれもママレモンだけはお飲みにならないように。あれは悪魔のごとき液体です。それが証拠に、あのしぶといゴキブリでさえ、ママレモンを1〜2滴身体に垂らされただけで、たちまち昇天してしまうのですから。