O島議員のおもいで

 O山大先生ご来宮の翌21日、初の「鳩山・谷垣」直接対決となった衆院予算委のテレビ中継を眺めていると、たいへんに懐かしい顔が、質疑中の野党議員にやんやの野次を飛ばしているではありませんか。
 野次の主は民主党のO島議員・・・。元NHKのニュースカメラマンです。


 僕は、84年から卒業までの約3年半、NHK沖縄放送局でニュースカメラマンの助手みたいなアルバイト(ライトマン)をしていたのですが、その時沖縄に赴任していたのが、当時30歳くらいのO島さんでした(あえてO島さんと呼ばせていただきます)。
 結局O島さんとは足掛け3年半にわたって、取材に同行したり(仕事だから当然ですが)、出張に行ったり、飲みに行ったり、自宅でごはんをごちそうになったりと、いろいろ面倒をみていただいたものです。  


 当時30歳と若かったO島さんは、たいへんに血気盛んな人で、上司や同僚との衝突などしょっちゅうだったし、いい映像を撮るためには決して妥協を許さないという人でした。
 そういう「仕事の鬼」的カメラマンの助手をするとなると、当然ながらたいへんなプレッシャーで、どなられたり、おこられたりは日常茶飯事。だから僕はどちらかというとO島さんに付くのは怖かったのだけど、O島さんのプロ意識、仕事への向き合い方みたいなものは、少なからず僕の仕事観・労働観みたいなものに影響を及ぼしていると思います。


 ある時、そのO島さんが「おまえ5大学って大きなコンサートのフィナーレであいさつしてたろ。すごいな」とえらく褒めてくれたことがありました。きけば出張先の離島でたまたま5大学コンサート(86年)のビデオを見たとのこと(当時、離島ではチャンネル数の少なさから、いろんなビデオがレンタルショップに置いてあったようです)。なんだかうれしいような恥ずかしいような妙な気分になったことをよく覚えています。

 
 O島さんが昨夏の衆院選で当選されたことはもちろん承知していたけれど、先日の予算委の中継で久しぶりに顔を見、NHKのニュースカメラマンから国会議員への転身を果たした姿に改めて隔世の感を抱くとともに、熱く野次を飛ばす姿に「変わってないなあ」という感慨も同時に抱いたのでした。
 O島さんなら、批判の鉾先を外に向かってのみならず、不透明な金の流れについての説明責任を果たそうとしない自党の大幹部へも、しっかりと振り向けてくれると信じています。
 がんばってください。 


 (追記)公人であるO島議員を伏字にする必要もないのですが、私的な記事なので、各方面からの検索にあえて引っかからないようにと考えたものです。