「就活」とMさんとえみぐわ〜先輩

 僕が働いている会社でも、つい先日、来春入社予定の新人の採用試験が終了(それにしても最近はますます内定出すタイミングが早いよなあ)。スーツ姿で緊張した面持ちの学生たちの姿を眺めながら、僕も自身の「就活」を思い出さずにはいられませんでした。
 僕が「就活」というものを経験したのは大学5年時の7月から8月にかけての2ヶ月間。特にこれといった希望職種も企業もなく、何となく「東京の会社で働いてみるか」という程度で、軍資金の20万円をおばに借りて僕は上京したのでした。
 何社か受験したけれど、中でもいちばん頭にきたのはY社(浜松に本社のある超有名楽器メーカー)の対応。訪問したい旨採用担当者に電話したところ、「うちは大学を指定させてもらっている。あなたの大学(つまり琉大のこと)では受験できない」というあまりに冷たい応対。「これが悪名高い学校指定か!」と僕はたいへんくやしい思いをしたのでした。ちなみに僕はそれ以来Y社の楽器は絶対買わないようにしています(ていいながら娘2人はY音楽教室に通っているけど・・・)。
 それからレコード会社のCBSソニーに思い切って会社訪問したときは、ここはすごく親切に応対してくれたのだけど、「毎年受験者は1,500人から2,000人、合格者は2〜3人」という話をきいて「こりゃだめだ」と進んで身を引いたこともありました。
 まあそんなこんなで結局内定をもらったのはレジャー関係の会社1社だけ(僕は1年だけここで働かせてもらったです)。だいたい根が田舎者の僕が、目から鼻に抜けるというか、立て板に水のような都会者の洗練されたしゃべくりにかなうはずもなく、受ける会社すべて惨敗という状態でした。だいたい、「御社(おんしゃ)」なんてフレーズをはじめとした上品で洗練された言葉づかいなど、それまでの僕の語彙には登録されていないから、すうっと口をついて出てくるはずもありません。
 だから僕は就活に関しては完全に「負け組」。今でもあの時のことを思い出すと何となく辛い気分になるし、面接や集団討論なんてもう二度とやりたくないというのが正直な気持ちです。
 というわけで、僕の東京での2ヶ月間におよぶ就活はぜんぜん楽しくなかったけれど、それ以外の時間は初めての「東京ライフ」を満喫し、たいへんに楽しく過すことができました。それもこれも在京中、ずっとアパートに住まわせてくれたM先輩と、物心両面にわたりお世話してくれたえみぐわ〜先輩のおかげです。
 池上駅近くのMさんのアパートのベランダで、風呂代わりに水道で体を洗ったり、近くに住んでいたぺすさんが泊まらせてくれたり、やはり近くに住んでいたNちゃん先輩を交えてMさんやえみぐわ〜たちとビアガーデンに行ったり、当時在京組だったRFCの仲間たちと渋谷で飲んだり・・・。
 僕が就活にめげることなく、むしろ充実した楽しい2ヶ月間を過せたのも、ひとえにM先輩とえみぐわ〜のおかげなのでありました。
 Mさん、えみぐわ〜、お元気ですか。あのときはほんとうにお世話になりました。ありがとうございました。ご結婚されたとききましたがいま沖縄にいらっしゃるのでしょうか。どうか末永くお幸せに。それから宮崎にいらっしゃるときはご連絡くださいね。万難を排してあの時のご恩返しをさせていただきたいと思います。